プロフィール

愛知淑徳大学
ビジネス学部・研究科
真田 幸光 教授
愛知淑徳大学ビジネス学部 真田幸光 教授
1957年東京都生まれ。慶應義塾大学卒業後、東京銀行入行。1998年愛知淑徳大学ビジネス・コミュニケーション研究所・助教授。2004年4月より現職。
著書に「アジアの国、日本」など多数。また、NHKクローズアップ現代などTV・ラジオ出演、論文・雑誌寄稿、講演をマルチにこなす、現代の辻説法師。
信条は、最小の効果を挙げる為に最大の努力を惜しまぬ人間たれ。

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真田幸光教授の「世相を斬る!」
現代の辻説法師、愛知淑徳大学ビジネス学部教授の切れ味鋭いコラム

もしも私が格好いい人間だったら?

2010年06月22日
夢がなくなってきた?

最近はどうもいけません。

「もしも私がOOだったら」

という「なりたいもの」があまりなくなってきています。

夢がなくなってきたのでしょうか?

かつての夢と今

かつては、

「もしも私が米国の大統領だったら。」

「もしも私が日本の首相だったら。」

「もしも私がOO製鉄の社長だったら。」

といった形で空想を働かせながら、あれこれと自分がOOであったらと考えていたものですが、最近はなりたいものがないのです。

そして、最近はまた、なりたいものがあったとしても、華やかなものではなく、

「街角に立つ修行僧」

であったり、

「プロ野球の韓国人選手の通訳兼アドバイザー」

といった、一般的に見れば、むしろ地味なものになりたいと感じることが多いのです。

格好いい人間になりたい

でも、そうした反面、

「格好いい人間になりたい。」

と思う気持ちは強まる一方です。

でも、皆さん、「格好いい人間」というのは一体どういう人間なのでしょうか?

俳優の木村拓哉さんや福山雅治さんのようなイケ面男?小泉元首相のような一世風靡をした政治家?イチロー選手のような記録男のスポーツマン?

もちろん、そんな人たちも格好いいのでしょう。

しかし、何か違う気がする。

それは、

「他人が見て格好いい人間」

ではなく、

「自分が自分に納得をし、自信を持って生きている人間」

であり、人がそれを格好いいと言おうが言うまいが、自分の思うまま、一途に真剣に生きる人間のことを「格好いい」というのではないかと、最近、私は感じるのであります。

もしも私が格好いい人間だったら?

そこで、今日のもしもシリーズ、もしも私が格好いい人間だったら?

私は、誰が何と言おうが、私のしたいように生きる、ちょっと身内やごく近い周囲の人間に迷惑を掛けても、

「私のしたいように生きる」

と思います。

残念ながら、まだまだ、格好いい人間になり切れていませんので、自分のしたいように100%生きることが出来ていませんが、もしも、私が格好いい人間になり切れたら、私のしたいことを絶対に私のしたいことをし切って、この世を去っていきたいと思います。

皆様方はどんな人間が格好いい人間であると思われますか?また、皆さんがその格好いい人間であったら、どのように生きられますか?

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