The 対談

キューアンドエー株式会社 創立20周年 特別企画「歴代社長のスペシャル対談」<創業時>

キューアンドエー株式会社 創立20周年 特別企画「歴代社長のスペシャル対談」<創業時>

ユナイトアンドグロウ株式会社 代表取締役社長で初代社長 須田騎一朗氏と、横河レンタ・リース株式会社 代表取締役社長で二代目社長 金川裕一氏、そして三代目社長  牛島祐之が、キューアンドエー株式会社 創立20周年 特別企画「歴代社長のスペシャル対談」をおこないました。

◆掲載日:2017年4月27日

牛島  お陰さまでキューアンドエーは2017年7月に20周年を迎えるということで、今回は創業者である須田さんと金川さんに、当社の歴史を振り返りながら創業時のお話を聞かせていただきたいと思います。
キューアンドエーは金川さんが1996年に設立した「横河マルチメディア株式会社」、そして須田さんが1997年に設立した「株式会社キューアンドエー」を前身としており、初代の社長は須田さん、二代目は金川さん、そして私は三代目ということになります。
早速ですが、須田さん、まずは株式会社キューアンドエーを設立した当時、どういう想いで創られたのかを教えていただけますか?
 
須田 当時29歳だった私は、30歳までに独立・創業したいという個人的な希望が非常に強く、とにかく社長になりたいというのが正直な想いでした。そこで、当時、渋谷警察署(東京都)の向かいにあった「清澤ビル」という非常に小さなビルで株式会社キューアンドエーを設立しました。
 
牛島 キューアンドエーは渋谷が発祥の地なのですね。
 
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須田 今も渋谷にあって、当時の社名と同じ言葉を使ってくださっているので、非常に嬉しく思います。
私の原点は、インターネットサービスプロバイダ―に勤務していた時代です。その頃はパソコン通信と言っていた会社でしたが。当時26歳くらいでしょうか、私はサポートセンターの担当をしておりました。パソコン通信ですから「繋がらない」「うまく表示されない」「文字が化けてしまう」などのいろいろな質問を20人くらいのメンバーでサポートしていました。ですが、やはり花形の仕事と言えばコンテンツ作りや営業といったフロントの職種であり、サポートのメンバーは一生懸命やっていてもどうしても目立たないなと感じていたのです。私も社内でサポートセンターがもっと輝けるように頑張ったのですが、限界を感じたのが起業の原点になりました。「サポート業務だけで専門の会社を創ったら、この人たちが主役なのだから、もっと輝けるのでは?」と考えたのです。
30歳を機に起業したいとずっと思っていたので、誰もやっていない「サポートの仕事の専門家」でいこうと。そんな素人発想で、技術サポート専門の会社を日本で初めて、インターネット対応で始めました。これこそマルチベンダーサポートだったのだと思います。日本経済新聞にも「日本初」として記事を書いていただいたのですが、後から考えたら随分思い切ってしまったと思います。
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牛島 金川さんは、横河マルチメディア株式会社でオンサイト(訪問サポート)事業を起ち上げられましたよね。どうしてその事業をスタートさせたのでしょうか?
 
金川 オンサイト事業は自分で起ち上げたのではなく買収したのです。当時、株式会社ライトスタッフという訪問サービスのビジネスをやっている会社がありました。家電量販店とプロバイダーのお客さま500人くらいのお宅に行って、パソコンの使い方を教える家庭教師的なビジネスをやっている会社だったのですが、その会社の経営が厳しいという話があって。当時、私は横河電機株式会社と丸紅株式会社と一緒に合弁会社を作っていて、丸紅の方からその情報をいただき、ライトスタッフの人たちとお会いし、その事業を非常に安価で買うこととなりました。規模にすれば年間で1億あるかどうかといったビジネスです。「事業に対して値段をつけるというよりも人間を採ってほしい」「雇用を守ってほしい」ということで、引き継いで始めたのがきっかけです。
 
牛島 それが今も脈々と残って拡大してきたということなのですね。
 
金川 拡大したのはブロードバンドの普及の恩恵でもあります。今でも覚えていますが、ADSL回線と光回線が広がっていった時期に、当時のKDDIが新聞広告1面で「無償で訪問に行って接続設定をサポートします」という内容を出したのです。これはすごいことになるなと。こういう時代が来るということを察知して、プロバイダーやキャリアに当社サービスを使っていただけるようにアプローチをしに行って、その結果、ピーク時は月間6万件くらいを受けることとなりました。
 
牛島 「コールセンター」と「オンサイト」という2つの柱が出会うきっかけは何でしたか?違う分野だと思いますが。
 
須田 パソコン通信の会社で社長をなさっていた大森康彦さんという方が仲人となって繋いでいただきました。
 
金川 横河電機の社内研修で講師に来られていた大森さんに「金川さんのやっているビジネスに似ていることをやっている人を知っている」「渋谷にいるから会いに行きなさい」ということで、早速会いに行きました。実際にはコールセンターとオンサイト、まったく異なるサービスだったのですが、テクニカルサービス・サポートサービスという括りでは確かに同じでした。
 
須田 大森さんの勘違いからこの出会いがあったわけです。
 
牛島 ちょっとした勘違いから大きな発展につながったということですね。お互いの印象はいかがでしたか?
 
須田 狭い事務所で一生懸命みんなで頑張っている時に急に大きな人がやってきて「偉そうな人が来た」というのが第一印象です。
 
金川 訪れた株式会社キューアンドエーのコールセンターは「女性が多かった」という印象です。女性を中心にしたコールセンターというのは、私の想像と全然雰囲気が違っていました。今でも当時のメンバーがキューアンドエーに残っていますね。
 
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牛島 その時のコールセンターはテクニカルのサポートを中心にされていたのですか?当時からキューアンドエーはテクニカル系に軸足を置きながら、コールセンターやオンサイトを回していたのですね。
ところで、今も残っているキューアンドエーという名前、私もストレートで好きな社名なのですが、須田さんはどのような想いで名づけられたのですか?
 
須田 当時、会社を一緒に起ち上げてくださったパートナーの方が考えてくれた名前なのです。
 
牛島 どこから見ても解りやすく覚えていただきやすい名前ですよね。競争も激しかったでしょう。
 
金川 2006年に社名を横河キューアンドエー株式会社から変更する時に、まず““横河”というブランドを外すと決めました。“横河”のブランドといえばエンタープライズ系なので、コンシューマービジネスをやる会社としては、あえて外した方がいいだろうと。さらに、上場を目指していこうとする時に名前がネックになるのではとも考えました。それで社名の検討をしたのです。いろいろな案を検討していく中で、当社は理念として「Question & Answer」「Quick & Active」「Quality & Amenity」と3つの「Q&A」を挙げていますので、そこをもう一回見直そうと考えました。「Qに対して応えていこう」という名前がサポート会社のサービスに合っているのではということで、最終的にキューアンドエー株式会社で落ち着きました。
 
 
キューアンドエー株式会社 創立20周年 特別企画「歴代社長のスペシャル対談」
 
★創業時(2017年4月27日公開)
★黎明期(2017年5月26日公開)
★改革期〜それぞれの想いと未来(2017年6月26日公開)
 

今回の対談にご協力いただいた

ユナイトアンドグロウ株式会社 代表取締役社長 須田騎一朗氏のプロフィール
  • 早稲田大学第一文学部を経て、出版社・マーケティングリサーチ会社・パソコン通信会社・広告代理店などで経験を積む。
  • 1997年、株式会社キューアンドエー(現:キューアンドエー株式会社)を創業。
  • 2005年、株式会社テクネット(現:ユナイトアンドグロウ株式会社)を創業。前職時代に「難しい」と判断して撤退をした「中堅・中小企業向けのIT支援事業」に経営資源を集中して、同社を成長させている。
 ◆ユナイトアンドグロウ株式会社
 
横河レンタ・リース株式会社 代表取締役社長 金川裕一氏のプロフィール
  • 1982年、株式会社横河電機製作所入社(現:横河電機株式会社)。オフィス機器営業部へ配属。その後、労働組合執行委員、書記長および副委員長を歴任。
  • 1996年、同社社内ベンチャー制度で横河マルチメディア株式会社を設立、代表取締役社長に就任。ICTデジタル製品に関連したサポートサービス事業を展開し成長させる。
  • 経営者として20年間の実績を積み、2016年4月、横河レンタ・リース株式会社 代表取締役社長に就任。
◆横河レンタ・リース株式会社